葉

田京の蔵春院を訪ねる〜その2
歴史散歩 2008年7月26日   
 
蔵春院黒門
 黒門と呼ばれる、蔵春院の参道入口に来ました。参道と言っても一般の道でありますが、立派な石の門柱が立ち、祭壇に石造物が並んでいます。

向かって左から、道標、元禄六年(1693年)の諸行無常塔、馬頭観音像、享保十三年(1728年)の院号塔、道祖神、下馬石標です。


       
元は田京のスーパーマーケットの脇にあった道標は、ここに移されていました。



馬頭観音さまと道祖神さまも、ここなら安心して鎮座していることができるでしょう。でも雨風や西日が直接当たるので、お気の毒ではありますが。



この石標には、「下馬(げば)」という文字が彫られています。ここからは修行の場であるお寺の参道だから馬を下りて歩くべし、という意味があるのだそうです。俗世と仏界の境界ということでしょう。



参道を歩く
 補修されて所々広く新しくなった市道を歩いていきます。右手にはきちんと手入れが為された里山の風景が見られます。こんな所で暮らしていけるのはいいことだと、田舎者の私には思われました。



途中、西国供養塔を祀ってある祠と、簡易な祭壇に鎮座した道祖神を見ることができました。



 道祖神は、近くで道路工事が行われた時、ここに移されたそうです。路傍の道祖神も地蔵様も、時々このようにして工事の際に移動させられることがあります。以前の様子を知らない人が見れば、元々ここにあったものと思ってしまうでしょう。そうした経緯をきちんと伝えるように、記録に残すのがよいと思うねこ山でした。


        丸彫単座像の道祖神 高さ約50cmほどと小さめ

いよいよ山門へ
 下馬石標から汗をかきかき20分ほど歩いた頃、ようやく山門が見えました。ここまで来て知ったことですが、蔵春院は伊豆八十八所霊場の第十番札所なんですね。ということは、長泉わくわく塾の後藤さん率いる八十八ヵ所巡礼のグループも初夏に訪れているはずです。



 上り坂の参道をずっと歩いてきたので、皆さん汗だくになっています。私ももうダメ〜。みんなでしばし休憩することにしました。

 左に見える石塔には、「不許葷酒入山門」と彫られています。これは「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」と読みます。こうした石標は、お寺の山門によく立てられています。
「葷(くん)」とは、ニンニク・ネギ・ニラ・ラッキョウ・ノビルなど、臭いの強い野菜のことを 指しますが、これらは精がつくために修行の妨げになることから、酒と共に持ち込むことを禁止されている、ということです。


              しばし休憩 それにしても暑いし、蒸します

石段を上って
 補修中の広い参道を歩いていきます。あの石段の向こうには、どんなお寺が建っているのでしょうか。いよいよこの歴史散歩はクライマックスに達しようとしています。



石段を途中まで上りますと、左右に三十三観音が並んで参拝者を迎えています。



石段を登り切り、境内に入りました。広い・・・。立派な本堂が正面に見えます。その左には庫裏、右には観音堂などがあります。



山号 長谷山・寺号 蔵春院 
 蔵春院は、正式には「ちょうこくさん ぞうしゅんいん」という名です。



 長谷山蔵春院の創設は永享十一年(1439年)。その年の乱で、当時の力関係から心ならずも主君の足利持氏を死に追いやった関東管領上杉憲実は、出家して高岩長棟と号し、韮山の国清寺に入ったそうです。やがて、この辺りの地主である宮内五左衛門(白山堂にこられたおじいさんのご先祖です)の力を得て、持氏追悼の寺としたのがこの蔵春院であるといわれています。

ご講話を伺う
 事前に教育委員会からの要請を受け、住職さんは私たちを待っていてくださいました。私たちは本堂で膝を揃え、お話を伺いました。

 おしょうさんは、次のようなことを話してくださいました。
 曹洞宗の本山は千葉にあり、一派の僧が船で海を渡って伊豆に宗派を広げたであろうこと、お経を唱えてご利益を得るにはお布施が必要だがそれは感謝の気持ちが大事なので決して欠かしてはならないこと、本堂・法塔・禅堂・庫裏・山門などの七道伽藍は限られた土地には作ることができないので本堂の天蓋の下に畳一枚分の結界を作りそこでお経を上げてお釈迦様に祈ること、したがってどのお寺でも住職さんが毎日のおつとめをする上座は結界に守られた特別な場所であり、一般の人々は立ち入ることができないこと、仏像を崇拝するのはお釈迦様の教えを受け取るためのアンテナを磨くこととして考えてよいこと、などを話してくださいました。浅学のねこ山にもなるほどと頷ける内容でした。



こんなところで?!
 ところで、ここで驚くことがありました。参道を歩いている時、「現地へ先に行って待っている人がいますので、お寺で合流します。」と言われたのですが、何と、行ってみたら見慣れた顔の人がいるではありませんか。その人は、穴菌(あなきん)名誉隊員のH氏です。

「あっれ〜っ!?」

と顔を見合わせて話を聞いてみると、途中から合流しようと思っていたところ、道に迷ってしまったのでお寺まで来てしまったとのことでした。

「みんな汗だくで歩いてきたでしょう? 私たち2人は車で来たから涼しかった。得しちゃったわ。」

と仰っていましたが、さすがH氏であります。けがの功名ですカッ!

般若心経を唱える
 そして私たち参拝者一同に般若心経の教本が配られ、皆でお経を唱えることになりました。おしょうさんの叩く木魚の音に合わせて一心に唱える般若心経によって、ねこ山のこころは清められていくのでした。



おつとめの後は冷たい麦茶をいただきながら、三々五々、話を更に伺ったり貴重なご本尊の写真を撮ったりしました。



貴重な釈迦如来座像
 蔵春院のご本尊は、釈迦如来座像です。幾たびかの火災からも守られたこの仏像は、実に美しく輝き、私たちにご利益をもたらしてくださいます。
 資料によりますと、この如来像は像高72.3cmの寄木作りで、肌が露出している部分には後から金泥が塗られていますが、衣の部分は素地であり、木目と鋭いノミの彫り跡が残っているそうです。製作年代は室町時代であり、高名な宿院仏師による作であろうとのことです。ヨクワカンナイデスガ・・・。


     
更に奥へと歩む
 参拝と読経とレクチャーを終え、ここで今回の歴史散歩に一区切りつけることになりました。伊豆の国市教育委員会にはこのような企画を立ててくれたことに感謝いたします。

 さて、お寺の奥にはさらに岩に直接仏像を彫った摩崖仏を拝観する路があるというので、有志の方々と行ってみることにしました。



再び汗をかきながら歩いていきますと、ペットの霊場があり、その先にこのような自然石に彫り込んだ像がありました。



そこから川を渡り、順路は続いています。



ホントに参道?と思われるような山道を歩いていきますと・・・、



ありました。像は、千手観音さまでしょうか。



高いところに馬頭観音像もあります。



憤怒の表情をしておられますが、なかなか美しいお顔立ちの観音様です。



お寺を後に
 H谷川女史を含め、5人で蚊に喰われながら参拝を済ませました。境内に戻ってくると、すでに他の方々は帰られた後でした。

 おしょうさんたちが庫裏で談笑されていたので、お礼を申し上げてお暇することにしました。H谷川女史は「駅まで車に乗っけていくよ。」と言ってくれましたが、歩かないと私の歴史散歩は完結しませんので、丁重にお断りしました。でもありがとうです、H谷川先生…。


           境内から石段を下ります もう誰もいません

 山門脇の池の中にある祭壇で、石仏が陽に照らされていました。日陰の中にあってそこだけ明るいという不思議な光景に、思わず見とれてしまいました。



黒門への参道を下る時、稲穂が西日に輝いているのが印象的でした。



帰路につく
 車を置いた場所へ歩く途中、道祖神とその説明板がありました。下田街道沿いに開かれたこの土地では、人々と道のつながりが強く、信仰心も厚かったのでしょう。



祭壇に祀られた道祖神は痛みが進んでいましたが、かつては村人の厄を抱えてどんど焼きの火の中に放り込まれたのですから、しかたのないことでしょう。



今回歩いた道筋を赤い点で地図に落としてみました。スタートは田京駅で、白山堂に回ってから守木を経て蔵春院を訪ねました。



 普段は一人で古道を歩くことの多い私ですが、教わることができる機会があれば教わりたいです。それはその土地の史実や調査の集積を効率よく享受できるという利点があることはもちろんですが、伊豆の歴史を少しでも広く多く見聞して受け取る機会を得たいことが主な理由です。
 でも、一面では人から物を教わるというくすぐったい思いを楽しみたい気持ちがあること。それが、案外大きな理由かもしれません。だって山の中で古道を探しながら歩くのは、ひとりぼっちで淋しいんですもん。

次なる課題
 さて、帰り道に伊豆市の松ヶ瀬にある軽野神社に寄りました。
 今この原稿を書いている段階で気になっているのが、この軽野神社です。実は『日本書紀』に、応神天皇五年(274年)十月、伊豆国に命じて船を造らせた旨の記述があるそうですが、それがこの軽野神社と深いつながりがあるらしいのです。こんな海から離れた所で船を造ったのかな、と思いますが、伊豆の古代史を知る上で重要なことであるようです。自分の勉強のために、調べてみたいと思います。


              式内社 軽野神社 国道からはほとんど見えません

                                             
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