途切れたレール
(レールはここで途切れている…) そう思った私は、しかし、さっき下から見たインクライン動力小屋を探すべく、目の前に落ち込んでいる暗い谷を渡渉しようと、歩を踏み出した。

坑道から出たレールは、ひっそりと谷に向かっている

コンプレッサー小屋の前をかすめて、谷に向かうレール
(レールはここで行き止まりで、平場は崩れたんだ)と推測し、谷を降り始めた。

平場が崩れたので放置されてしまったレールか
暗い谷間は枯れ沢のようでもあった。そこに廃鉄材が遺棄されている。レールも路盤を失って、そこで終点となっている。

廃材の山をくぐるのはイヤだ〜
この谷間を越えるには、廃材や薮、トゲのある灌木などをくぐらねばならず、難儀した。

何に使われていたのだろう、これらの廃材は
20分前…
が、それは宝の山を目前にして素通りするという、盲目のトレジャーハンターの愚行であった。それ気がつくまで、私には20分間という時間が必要だった。
なぜ20分間なのか。それは私がインクライン動力小屋を真っ先に目指して徒渉したからに他ならない。捨て目を利かせろ! それが探索の掟なのに、目が曇っていたのだ。目前で待っているはずのインクラインが唯一私の脳裡にあったので。
インクライン動力小屋へ
廃材捨て場となっている暗い谷を越えると、竹藪が広がっている。標高が合致していれば、下から見上げたインクライン動力小屋はこの先にあるはずだ。

狙い通り、インクライン跡に達した
いや、標高は足りていなかった。インクライン跡に立って足元に横たわるワイヤーの上を見ると、あんな所に黒い屋根が見えている。行こう、行ってみよう。どんな機械が私を待っているのだろう。

動力小屋はまだずっと上の方だ
一歩、また一歩と、枯れた笹に足を掬われ、シシの網に足を取られながら、登っていく。ほうら、近づいてきた。インクライン動力小屋に違いないぞ、と。
来る、
来る、
来るぞー!

ほら、
また、
来るぞー!
キ…、
ε=ε=ε=ε=ヾ( ゚д゚)ノ゙ キター!

やはりインクライン動力小屋だ!
15分前…
動力小屋は、屋根が柱を駆逐してそっくり落ちていた。機械だけはそれでも制御レバーをすっくと伸ばし、永久に登ってこない台車を待ち続けていた。

インクライン跡を見下ろして動かない巻き上げ機
午後3時を回ってからこの地を訪れたために、すでに日は傾き、撮影するには光量が不足してきた。10枚同じアングルでシャッターを押しても、ブレがなく使えるのは1〜2枚である。悲しい…。
巻き上げ機の対峙する先には、下降するインクライン跡がある。U字型のレール跡が真っ直ぐ下っているのだ。
こう見てみると、延長は80mはあろう。孟宗竹の繁茂に阻まれていることもあるが、終点は遥か下方にあり、見通すことができない。
(下ってみよう) そう考え、下降を開始した。

5分前…
驚愕の発見!
枯れ笹に足を掬われながらしばらく下降した。
と、ここにもレールがあるではないか!?
しかもレールはインクライン跡と交差、あるいは分岐するように水平に延びようとしている。このレールはどこに向かっているのか!?
1分前…!
ほぼ水平方向に湾曲しながら延びていくレール。インクラインから外されて放置されたのか。そいえば、レールはコンプレッサー小屋のある方に延びていく。

30秒前…!!
レールは竹藪の中に延び、私の足を誘う。これは…!?

10秒前…、9秒前…!!!
そして私の目の前には、何と、宙に延びる2本のレールがあった!
0秒━━━━!!!
それはまさに目を疑うレールの有りようであった!
それは、
まさに、

空・中・回・廊!

なぜ気づかなかったのだろう。先ほど見た廃鉄材は、坑道から延びるレールを高々と掲げ、谷を越えさせてインクラインまで導く高架橋だったのだ!


見よ、朽ちてなお、錆びてなお、高々と誇らしげにレールを支えるトラス橋の勇姿を!
気づかなかった…、これほどの遺構に…
ヽ(≧Д≦)ノ ウワァァン!!
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il||li _| ̄|○ il||l ガクッ…
帰路に見たもの
空中回廊を見上げながらレールを辿るとコンプレッサー小屋に辿り着いたのは、もはや言うまでもない。
その後、私たちは、再びズリ山を下り、謎の発動機を眺めて、変電所後を経由してインクライン跡に立った。

変電室跡には、碍子や電線などが落ちていた
変電室とインクラインのちょうど間に、1本のレールが突き刺さっている。引き抜こうとして握ってみたが、かなり深くまで末端が達しているようだ。お持ち帰りは叶わなかった。

鉱山跡の墓標のように1本のレールが残っている
この水平道は、インクラインを横切っている。そちらにも坑道があるかもしれない、そんな期待を抱いて、私たちは歩いた。
果たして竹藪の向こうは、この奥を流れる谷川に向かっていた。しかし下の画像に写っている竹藪には、無数の鉱石が転がっていた。つまりこの水平道は、ズリ捨て場へのトロ道だったのだ。

ズリ捨て場に延びた軌道敷跡だ
S川隊長は非常に目がよい。土中からわずかに顔を覗かせていた1m足らずのレールを見つけ、発掘した。それは時代の流れにやむなく閉じた湯が島鉱山の忘れ形見であった。

インクライン跡を降りる 探索は終わった
さらにもうひと筋、インクラインを降りきったところにも水平道が見られ、同じくズリ捨て場の存在が確認された。

30m下方にあるもう一つのズリ捨て軌道跡
ズリ捨て場へと延びるレールも、一部がまだ埋まったまま残っていた。

深く埋もれたレールがあった
ゲートボール場に戻った。そこからから見下ろしたホッパーは、夕日を斜めに受け止めて、濃い陰影を作っていた。

ここに渡されていた連絡橋が見たかった
この後、持越、湯が島と2つの鉱山跡を探索してお腹いっぱいになった私たちは、湯が島坑からほとばしり出る冷水で顔を洗い、後ろ髪を引かれる思いでこの地を後にした。
終わりに
湯が島鉱山。それは、小さな鉱山跡という私の概念をうち砕き、実に多彩な施設跡や遺構を見せてくれた。これほど限られた敷地内に多くの歴史遺構を凝縮した伊豆の鉱山跡を私は知らない。
惜しむらくは、既に取り壊された変電室や事務所、ホッパーに渡されていたであろう連絡橋などを見ることができなかったことだ。あと10年早く来ていれば…、と思うけど。
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