葉

ノスタルジックロマン修善寺
奥の院 秋の静寂
ウォーキング 2008年10月19日   
 
奥の院 秋の静寂
 セミの鳴き声がいつのまにか聞かれなくなって久しいのに、まだ半袖で過ごして十分な温かさが感じられる10月中旬、八十八ヵ所巡りの仲間に誘われて伊豆市修善寺「秋の静寂 奥の院歩き」に参加してきました。

 集合は午前10時に修禅寺山門前とのこと。車を修善寺総合文化会館に置いて、歩いて向かうことになっています。
 9時少し前に総合文化会館に車を入れると、何やら三々五々、人々が入館していきます。と思ったら、今日は伊豆市の市会議員の選挙があり、ここが投票所になっているのでした。
 
修善寺郷土資料館
 ここ総合文化会館には、郷土資料館があります。今日はぜひ見学したいと思っていたので、さっそく入ってみました。
しかし受付に行くとまだ準備中のようで、おねいさんが支度をしていました。でも親切なことに入れてくださっただけでなく、見学ガイドとして館長さんを呼んでくださいました。


       駐車場から見た大ホール入口 資料館はこのエントランスの地階に

 常設展には修善寺の名産である和紙を保護する徳川家康の書状や文豪井上靖直筆の手紙、大仁鉱山に関する資料などが展示してあり、なかなか見応えがありました。館長さん直々のガイドはお話が面白く、わずか40分間の見学時間でもとてもゆっくり見て回ることができません。いつか再訪して館長さんに気になることを尋ねてみたいと思います。


             ていねいな造りの展示室


           大仁金山についての資料もあり


            間歩(まぶ=坑道)の写真もあります 

 館長さんには別れ際、「修禅寺の山門に上る石段の脇には、いろは歌の最初の“い”の石が立っているので、気をつけて見てください」とアドバイスを受けました。どうな石なのでしょう。楽しみにしながら、待ち合わせ場所に向かうことにしました。

参道を行く
 戸田に向かう国道から別れて直進する細い道は、修禅寺の参道でしょうか。いつもより華やかなのではないかな、という感じがするのは、地域のお祭りがあるからでしょう。さっき横断歩道で停止した時、はっぴを着た子ども達がたくさん集会場に入っていきましたし、太鼓や屋台の置いてある広場がありましたから。


            普段は車でここを右に曲がるのですが…


         秋祭りが行われるようで、街は浮き足立っているようでした

途中にバスのターミナルがありました。ほのぼのとしていい感じです。バスの旅もいいですよねー。


            “バスターミナル”そのものが懐かしい存在です

いよいよ集合場所へ
 参道の両脇にあるお店に目をやりながら歩いていきますと、向こうから手を振って合図をしている人が来ます。今日、この散策に誘ってくれたA野氏です。氏とは伊豆八十八カ所巡りで知り合い、深良隧道探索ツアーに誘ってもいただきました。私にとって貴重な「道歩きの先輩」であります。


           向こうの明るい辺りが修禅寺の山門前です

 既に受付を済ませてありますというA野さんと石段を上って境内に行ってみますと、幟を立てた受付場所があり、ボランティアガイドさんらしい人たちが待機しています。参加の皆さんもかなり集まっているようです。


          立て看板があります 緑のジャンバーがガイドさん
 
修禅寺の境内はたくさんの参拝客で賑わっておりました。


             この後、私がシャッターを押して差し上げました

午前10時になり、ガイドさんのご挨拶がありました。いよいよ奥の院 秋の静寂ウオーキングの始まりです。


         定員30名のところ、33名の方々が参加されたそうです

さあ、出発!
 午前10時、山門を下って奥の院へと出発しました。


                  石段を降りて、出発〜! ちょっと不安
  
どれがいろはの「い」の石かと探したのですが、よく分かりませんでした。しかしこの弘法大師と書かれた石柱の側面に「い」の文字が刻んでありました。


              “石”というには立派すぎる石塔です

修善寺の街をぬけて
 ガイドさんの後に着いて、どんどん歩いていきます。みなさん、かなりの健脚の持ち主のようです。これが後々、あんなことになろうとは、この時は少しも考えていなかったことです。


        初めは(こちらが市街周遊コースか…)と思っていたのですが

街の中を流れる桂川の畔にあるのは、有名な“独鈷(とっこ)の湯”です。今は足湯となっているそうですが、度々大水によって流されるので、やがて下流の法へと移されるそうです。


              以前は露天風呂だった“独鈷の湯”

川の水面に赤い影を落とす2つの橋や、ようやく秋の彩りを見せ始めた竹林の中を歩いていきます。


         赤い橋が2つ、川に架けられています

橋に続く竹林の緑は、秋の青空とほどよいコントラストを見せています。


           いかにも修善寺という感じの道です

小さなギャラリー“修善寺回廊”があり、写真展を開催していました。


         これも一つの“おもてなし施設”ですね


       でも写真に関心のある人は少ないみたいで… 私はじっくり見ましたけど

コースはどんどん西へと延びていきます。こうした道標を見て、観光客が思い思いに散策をしています。


          分かりやすい案内板があちこちにあります

路傍のところどころに、こうした石碑が立っています。順路に沿って石碑巡りをして、巡礼とするのだそうです。


             文字は難しくて読めません…

そして郊外へ
 街を抜け、田畑の広がる里山へと歩みを進めました。この頃になってようやく奥の院がはるか遠くにあることが分かりました。


         カメラのストラップが写り込んでしまいました 失敗です

修禅寺の参道にあった「い」の文字から始まった“いろは巡りの石柱”が立っています。みなさん、一つ一つをていねいにご覧になって、「これは何の文字?」と読んでいます。


           「これは何の文字かしら…」

ただ歩くだけならつらくなりますが、こうした目標があると張り合いができますね。


             「えーっと、何と読むのかしら」

休み堂跡
 今は下湯舟地区の公民館が建っているところにはかつて「休み堂」というお堂があり、いくつかの石仏があったそうです。


               4月に弘法祭が行われる、と書いてあります

でもその石仏は工事の際にかなり失われてしまったそうで(!)、今は数体残るのみとなっています。ガイドさんが惜しそうに説明をしてくださいました。


       ガイドさんに張り付いていないと説明は聞けません

お休み場にある石造物群です。左から、庚申塔、回転六角六地蔵、馬頭観音、地蔵、御大師像です。回転六角六地蔵さまは珍しい石仏です。奉納当時はくるくると回転して六体の浮彫地蔵さまを拝むことができるようになっていたそうです。


               良い状態で保存されています

さらに続く奥の院道
 徐々に民家がまばらになってきました。奥の院への道は、まだまだ続くようです。


          「桂谷八十八ヵ所」という巡礼道もあるようです

稲刈りの済んだ田んぼが秋らしい風景を演出しています。それによく合う御大師様のいろは石が立っています。


           みなさん、一つ一つ必ずチェックされます

皆さん、ひとつも見落とすことがありません。


            「これは何と読むの?」 「えーっとね…」

いぼ石
 下田の稲梓には「いんぼ地蔵」さまがあって、いぼをとりたいと願う人を救ってくださいましたが、こちらにも同じような効用をもつ「いぼ石」があります。


         石の窪みに溜まった水でいぼを擦るとよいそうです

 この石柱はまだ新しいです。何らかの理由があって付け替えられた石柱でしょう。


           これは新しい“いろは石”です 文字も鮮明ですね

 これらの石柱、大半は江戸や明治時代に立てられていますが、新しい石碑は民家の庭に立っている石柱の代わりに立てられた昭和から平成の時代のものだそうです。昔は民家の庭に参道が通っており、石柱も私有地に立てられていましたが、参拝者が増えるにつれて個人の生活と重なる面が出てきたために、新しい石柱を公道に立てて替えたためだそうです。

頭を垂れたヒマワリと終わりかけのコスモスが、少し寂しげに参道を彩っていました。


             ちょっと季節は遅かったようです

坂の傾斜がきつくなりました。奥の院はどこにあるのでしょう。もうそんなに遠くはないと思いますが…。


            いつも「いろは石」が巡礼を見守っています

やっと到着か
 と、むこうに何かまとまった建物が見えました。あれが奥の院のあるところでしょうか。疲れた足に自ずと力が入ります。


                あれが奥の院でしょうか?

とうとう着きました。「→奥の院」という看板が嬉しいです。


              キター! ここが奥の院のようです

 奥の院は正しくは「正覚院」といい、延暦10年(791年)に弘法大師さまが修行したところと伝えられているそうです。


          奥の院は、正覚院(しょうかくいん)っていうんですね

この立派な石標を見たかったのです。


           自然石を使った「奥の院」の石標

最終のいろは石は、「ん」です。みなさん笑顔で石柱に触れています。これでここまで頑張って歩いてきた甲斐があるというものです。


        いとおしそうに「ん」の寺を見つめています 感無量ですね

「弘法大師」や「ん」と刻まれた石柱が奥の院のありがたい雰囲気をいっそう強く醸し出しています。


           「弘法大師」の文字がそこかしこに見られます

降魔壇へ
 御大師様が修行をしたまさにその土地には魔物が現れて修行の妨げをしたり住民を困らせたりしていたそうです。そこで御大師様は点に向かってお経を書いたところ、魔物は崖に閉じこめられてしまい、それ以後、災いは起こらなかったと伝えられています。その岩のある修験地を“降魔壇”と呼ぶそうです。どんなところなのでしょう。石段を登ってお参りに行きます。


       土地に秘められたの力を感じながら降魔壇への石段を登っていきます
 
着きました。険しい岩壁を背にして広がる降魔壇。ここが弘法大師修行の地です。修行の地としてのオーラがびしびし伝わってきます。


            たくさんの石仏が並んでおり、壮観です

皆さん、降魔壇をじっと見上げて身じろぎしません。それほど強い霊験を感じるのです。


     降魔壇を見上げる目は真剣

御大師様の像があります。まだ若い頃の御大師様でしょうか?


       大きな石像ではありません 高さ50cmほどでしょう

今も魔物が閉じこめられているという「降魔壇」です。何だか気持ちが岩壁に吸い取られていくような気がして、ぞくっとしました。


            石碑がたくさんのお地蔵様に守られているようです









正覚院でお茶タイム
 降魔壇にお参りした後は、正覚院でお茶とお菓子のおもてなしを戴き、案内してくれたボランティアガイドさんの話を伺いました。


  正覚院では参加者分の席が用意されていました

疲れた体にお茶がおいしかったです。皆さん、奥の院道を歩いた感想などを話し合っていました。


    こういうおもてなしをいただくとは嬉しいことです

お楽しみのご当地弁当
 そしていよいよ楽しみにしていた昼食タイムを迎えました。このウォーキングの目玉である「ご当地弁当”をいただくのです。

 お弁当代は、参加費千円の中に含まれています。
 このお弁当は、地元のご婦人方が地元の農産物を使い、腕に縒りを掛けて作った逸品です。ご覧ください、この色とりどりの材料を使ったお弁当を!


        お弁当+梅ジュース+味噌汁で千円はお得です

このウォーキングに誘って下さったお姉さま方と一緒にお弁当をいただきました。お陰で楽しい一日となりました。


    ありがとうございます〜

桂大師への道
 “奥の院道”へのウオーキングツアーはここで終了です。ここから皆さんは思い思いに来た道を戻ります(参加者のための臨時バスが迎えのために運行されているようです)。
「袖触れあうも多少の縁」と言いますよね。皆さん、歩き通したことを労い「お疲れさまでした〜。」と挨拶を交わしてそれぞれ修禅寺への道を戻っていかれます。

しかし私たち巡礼仲間は求道者です。さらに奥の「桂大師」へと行くことにしました。


    桂大師への案内板 徒歩50分って!?

奥の院道のさらに奥へと延びる鄙びた林道を歩いていきます。行く先に民家などは見えません。


        あけびの実を探しながら歩いて行きました

途中、道標らしい石柱が立っていました。道標でしょう。


              高さ60cmほどの道標

 林道を歩くこと30分。桂大師への道が分岐しました。ここからは山道を歩くようです。1台の車が停まっているのは、先に来た参拝者でしょうか。


    道の脇にお堂があると思っていたのですが、違うようです
  
わずかに桂大師への道を示す看板があるだけで、とても寂しい道です。


              険しい道を登っていきます

山道を歩くこと20分。道が更に分岐して、このような丸木橋で川を渡ります。


          丸木橋の向こうに大きな木が見えました

川の向こうから木橋を渡ってくる人たちがさっきの車の持ち主でしょう。親子連れの2人です。息子さんが、御大師様の像がどこにあるか教えてくれました。


         「昔はもっと土が盛られていたんですよ」と教えてくれました

桂大師とは、御大師様がこの地に修行に来て、大地に杖をついたところ、この桂の木が生えたことから祀られたそうです。元はもっと土が根元に盛ってあったそうで、土を掘り下げてこの御大師像を安置したとのことです。と2人連れの息子さんの方が説明してくれました。


                御大師様の石像 高さ50cmほど

 見ると、御大師様は実に穏やかなお顔をされていて、まだ煙の出ているお線香が上げてありました。2人連れのお母さんの方が上げたのでしょう。足腰が弱いように見受けましたが、車を降りてからここまで歩いて参拝されるとは、信心深いお母さんだと思いました。

帰路につく
 桂大師から奥の院まで戻りました。でも臨時バスは既に出発した後なので、徒歩で修善寺の街に戻ることにしました。私はもう疲れれてへとへとだったのですが、同行(ここでは“どうぎょう”と読みたいです)のA野さんがまだまだ元気。バスに乗れないので、歩くことにしました。

 歩いていくとやはりいいことはあるものです。来る時に通った道端に、こんなお地蔵様がありました。


    路傍の祭壇に祀られた小さな石仏2体

よく見ると、頭にたくさんの顔を戴いています。路傍の石仏でこのような意匠をもつお地蔵様を見るのは初めてです。「もしかして十一面観音かしら?」とA野さんと話し合いましたが、貴重なお地蔵様のような気がします。


              小さな細工が施されています

来た時と少し違う道を辿りますと、こうした黒っぽい稲穂が頭を垂れていました。一見して病虫害にやられたのかなと思いましたが、黒米の稲穂だそうです。知らなかった…。


           そういえば修善寺は黒米を名産の一つにしていましたっけ

 そうして修善寺の街に戻りました。
 修禅寺参道は、なおもたくさんのお客さんで賑わっていました。来た時には開いていなかった土産物屋が通りに活気を与えています。呼び込みの声も盛んに飛び交い、ついきんつばやソフトクリームなど、甘いものを買ってしまいました。ああ無駄遣い・・・。ってか、メタボのお腹が気になります。


        これは美味しそうな地ビールを扱うお店 飲んでみたい!

 街角に石造物を集めた一角がありました。日の当たりにくい所に固められて、ちょっと淋しいかも…。


           “いろは石”が一つ混じっています

ネコ好きの気持ちをよく分かっているお店もあるようです。


           猫ちゃんグッズを商っているそうです どこで?

このお店できんつばを買いました。家に帰って食べたら、昔ながらの劇甘! あっさり味のあんこに慣れた舌には重い甘さでした。でも伝統の味ですから、O・Kということで。お店の雰囲気は温泉街らしさがあって最高でした。


         リクエストに応えて手を振ってくれたお店のお姉さん

お店の建ち並ぶ辺りに来ると、呼び込みの声も盛んになり、ついふらふらとお店に寄ってしまいます。A野さんにはちみつソフトをおごってもらいました。ごちそうさまでしたー。


      お姉さんの呼び込みの声に釣られて、つい… でも美味しかったです

 そんな風に歩きながら、車を置いた総合文化会館に戻ってきました。
 今回のウォーキングに誘ってくださったA野さんには厚くお礼を申し上げましたが、礼を尽くし切れたかは不明…。午後3時、現在工事中という横山坂にも行きたかったのですが、時間が足りないため、帰路に着きました。

 帰り道、河津の川の畔に建つ喫茶店に寄って、若いマスターと郷土史の掘り起こし方について協議しました。新しくできた友人というか知り合いなので、ようやく話の噛み合わせ方が分かった程度のおつきあいですが、つい閉店時刻の17時を回ってまで話し込んでしまいました。

古道歩きは、今回も楽しみと出会いをもたらしてくれました。さて、次はどこを歩きましょうか。夢は広がる一方です。
                                             
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