葉

もう一つの寝姿山トンネル
探訪 2007年7月29日   
 
もう一つの寝姿山トンネル
 実は、寝姿山にはもう一つ、トンネルがある。S川隊長の調査によると、どうやらそちらも日本軍関連の施設らしい。戦後間もなくはトロッコが残っており、近くの少年達はそのトロッコに乗って遊んだということだ。また、中村や赤間に住む人たちは間戸が浜に海水浴に行くのに、このトンネルを通って行ったことがある、というまことしやかな話も聞いたことがある。
 しかしそれはほんの一部の地域の人々が伝えている話であり、決して下田市の歴史の日向の部分には現れてこない“伝説”である。そしてそれは、今日の探索に先立って訪ねた寝姿山中腹にある“寝姿山カリ鉱石運搬トンネル”の話よりも更に希少な話なのであった。

 この日、河津の沢田鉱山探索から帰路についた私たちは、未だ見つからぬ鉱山の影を追い求めて中途半端な気持ちでいた。そこでここ“もう一つの寝姿山トンネル”の姿を確かめるべく、赤間の住宅街に車を停めた。


             この左側の道を入っていく

 赤間の出張車検場の近くに車を入れ、民家の脇を通って一段高い所へ通じる石段を登っていく。ここの案内役もまた隊長である。(まったく隊長はいくつ隠しネタを持っているのだろう)


      そしてこうした階段を登っていくのだが、完全に個人宅の敷地である

民家の庭に分け入って
 「もう一つの寝姿山トンネルは民家の庭にあるのさ。」と隊長から聞いてはいたが、その庭に至るまでにも何軒かの軒先を横切らないとならないとは…。


         ホントに民家の庭に入っていくよぉ…

 いよいよこちらが寝姿山の麓に接する民家なんだな、と思うお宅に来た。

 と、隊長が玄関から家人の許可を得ている時、一匹のニャンコが出てきた。


          隧道ニャンコ先生登場! 縄張りチェック中?

“隧道ネコ”登場
 トンネルに住むニャンコを、“隧道ネコ”と呼ぶ。隧道ニャンコはどうやら私たちの足音に気づき、縄張りの点検に来たらしい。舌で「チチチ」と呼んでみたが、私の指をするりと背中で抜けて、表に出ていってしまった。ナデナデしたかったニャー。

 その家の主人はトンネルに関してご存じの事を話してくださり、トンネル前への進入も快く許してくれた。

 ご主人の話によると、30数年前、ここに転居してきた時には既にこのトンネルはあったものの、由来については知らない、ということだった。あらら、残念。隊長が、日本軍が軍事目的でこのトンネルを掘ったらしいことを話すと、初めて知ったような感じで聞いておられた。特に関心がなければ、そんなものなのだろう。

お許しをいただいた私たちは、軒下を歩いて、その場所に立った。


         「おじゃましま〜す」と、庭の中を通過する

 家庭用焼却炉と倉庫の間を通ると、空気が一気に湿り気を増すのが感じられた。そして夏草の生い茂る山の麓で私たちは唐突に口を開けているそれと対峙した。


         見えた! あの黒い影がトンネルなのか!?

坑口だ! トンネルだ!
 確かにこれは人為によるトンネルだ。断面が扁平なので運搬用トンネルだと思うが、しかし坑道という可能性も捨てられない。


   辺りにはかなりの湿気が漂っている  深さは? 奥行きは? ここは入れるのかな… 

 坑口前にも茂る夏草を踏み分けて中を覗いてみると、かつて近くにあったという森永乳業の牛乳工場がここから水を引いていた(らしい)という名残か、坑内には底の深いコンクリートの水槽が造られ、豊かに冷水を湛えていた。現にこのお宅ではこの水を利用しているという。


         コンクリート製の水槽が蒼い水の底に深く沈んでいる

ストロボを焚くと、トンネル内部に漂う霧というか靄が反射して上手く撮影できない。水槽の水はなお深く蒼色を湛えている。


         水の深さは人が胸の高さまで沈みそうなくらいのレベルを保持している

 奥行きがどの程度あるかは、懐中電灯で照らしても分からない。水深が深いし現在もこの水を利用中というのでは、中に入る訳には行かない。

 夏の湿気に加えて日陰の持つ特有のじめじめした感じに耐えきれず、私は坑口から離れた。このトンネルにはいるには、取水者の了承を得た上でゴムボートを持ち込んで入るしかないだろう。むろん、ある程度進んだら、後は腰まである長靴を着用して入らねばなるまい。しかしそれはかなり難しい計画であろう。少なくとも、現時点では。

 帰り際、2軒目のお宅のご夫婦に話を伺った。やはりトンネルの由来はご存じないそうで、下田城上のトンネルについても、そんな話は聞いたことがない、とのことだった。

またしても隧道ネコ?!
隊長と私が話を伺っていると、そのお宅からニャンコが出てきた。白地に黒の美形ニャンコである。


    かわいいお顔のアップニャ  撮影者は既に探索よりニャンコに夢中か

どうやらさっきのニャンとはお友達か兄弟かカップル?のようで、自然な形でくつろいでいる。なぜか向かいのお宅の庭には、伏せた駕籠に入れられた子猫が3匹いた。産まれたのか? 駕籠に入れられたままにされずに、可愛がってもらえるといいんだけど…。


     「暑いニャー  毛繕いしようっと (決して小石で遊んでいるのではナイ)」

次なる探索
 「安東看板のおやじさんがトロッコで遊んだと言うんだから、きっと線路が坑口から出ていたんだよ。探してみよう。」

隊長の探索意欲はさらに未知なる線路を求めて、薮の中に私をいざなうのだった。
ここで遊んだという人が「トロッコがあった」と言うのだから、確かにそれはあったのだろう。線路は撤去されているにしても、軌道敷跡は残っているかもしれない。

 下の画像を見て頂こう。トンネル前の平場、おそらくはトロ線引き込みのための回避場所だった所が、後に住宅地として払い下げられたのかもしれない。従って、住宅地をぐるりと囲む山裾にトロ線が通っていたと想像できるのだ。


     奥の民家の向こうから左にぐるりと巡りトロ線跡が想像できる

隊長の視線の先には、まだ見ぬトロッコの軌跡が描かれていたのかもしれない。


      「この薮の奥が怪しい…」と隊長  行くのォ?

隊長の後を追い、(えー、こんな劇薮を入るの〜? ヒーッ、虫がァァァ…!)と心で叫びながら、私も薮に身を投じた。

 暗くじめじめした檜林には、しかしこのようなコンクリートの基礎が見つかった。近くには何かの小屋があったような平場もある。確かに、限りなく怪しい・・・。


          何の基礎の跡だろう?

 コンクリート基礎の跡を見つけたことから、その先にも何かあるかもしれないと、さらに北へと歩を進めた。

 しかし残念ながら、幾多の大雨によって荒れた山肌には、治山工事のための石垣やブロックと、その間に残留したゴミ類が見られるだけで、トロ線跡や戦時中の遺構などを探し当てることはできなかった。べったりと肌にまとわりつく不快な湿気とゴミの景観に音を上げ、私はこの地を後にした。


  湿気とゴミでむせるような山の斜面だ 隊長、大丈夫?

 さて、今見てきたトンネルの海側出口であるが、一説によると稲生沢川の河口近く、国道135号線が旧下田ドック方面へと分かれる分岐地点辺りにあったという話がある。確かその辺りには私が子どもの頃、道路っ端に勢いよく湧き水が出ていたような記憶がある。
 もっとも、今年の初夏に隊長と磯崎氏とKAZU氏と共にその辺りを探したのだが、坑口どころか一滴の湧き水すら見つけることはできなかった。おそらくはもうトンネルのもう一つの出口、坑口は閉ざされてしまっているのだろう。あるいは元々開通はしていなかったのかもしれない。それは静かに沈黙する寝姿山が知るのみである。


追記
 後日、武ガ浜の「坑口があるならこの辺りだろう」という地点を探してみた。


      坑口がある、とささやかれている武ガ浜の入り口付近

 ただし、私は子どもの頃からの記憶を辿っても、この辺りにトンネルがある、という話は思い出せなかった。湧き水が出ていたことは、子どもの頃、父親や叔父の運転する車の中(当時は東伊豆町在住だったので)から見た覚えはあるのだが、トンネルの存在については記憶がない。もしかしたらあったのかも知れないし、ないのかもしれない。

 2007年9月16日(日)の午後、自転車で当地を訪ねると、ちょうど整体院のお隣で75歳ぐらいのおじいさんが椅子に腰かけていた。そこで、寝姿山のトンネルについて尋ねてみた。

「すみません。この辺にトンネルの出口があると聞いてきたのですが、ご存じですか?」

すると、答はこのようであった。

・寝姿山のトンネルを探している? トンネルなら、あるよ。その山(寝姿山=万蔵山)の下を黒船ホテルのところまで掘ろうとしたそうだけど、とうとう繋がらなかったね。

・下田ガスの下のトンネル? いや、そんなトンネルはないな。私が言っているのは、お城のところにあるトンネルだよ。

・湧き水かい? あそこに四角い穴があって、そこから湧いているよ。昔は米を研ぐにも皆その水を汲んで使ったものだよ。前はここにホテルが(←武山荘のこと。今は取り壊して更地になっている)あったもんで、汚れていたら嫌だと汲まなくなったものだったけど、今はホテルがなくなったから、大丈夫だろうよ。

・いや、あそこにあるのは湧き水だけだよ。トンネルの出口なんかないさ。ここで50年暮らしている私が見たことがないんだ。“低い方のトンネル”は元々ないんだよ。

 何と、おじいさんは寝姿山のトンネルの事をご存じであった。ま、そのくらい地元の年輩の人には寝姿山のトンネルはよく知られている、ということです。

 おじいさんにお礼を申し上げ、自転車を押して湧き水の所まで行ってみた。すると確かに道路の狭い歩道脇に、こうした四角い空間があり、その中に設えた塩ビパイプから清水がコンコンと湧き出ていた。


       昔は近所の家で飲料水に用いていた、という湧き水



      澄んだ水が今でも湧いているが、ゴミも浮いていた

 春に、この辺りの防護壁の裏側に回って山裾を探索してみたが、薮をかき分け掻き分け、くまなく探したのに、何も坑口らしきものは認められなかった。あるいは浅い湧水坑道ぐらいはあったのかも知れないが。


             向こう側が下田駅方面である

 寝姿山。下田の街や湾を見下ろす風光明媚な山であるが、なかなかの謎を秘めた山である。まだもう少し、この山について調べてみたい。きっと他にもミステリアスな要素が掘り出されるかもしれない。その時はまたレポートにお付き合いくださいネ。
                                             
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