葉

室岩洞を見て丁場の保存を考える
見学 2008年9月14日   
 
石切丁場の保存
 江戸期から昭和の戦後まで、建築資材として用いられる石の切り出しは、伊豆の一大産業であった。
 石は丁場から切り出されたが、需要がなくなってからはその跡のほとんどが放置され、今ではすっかり藪に紛れて、人々の目に触れなくなりつつある。

  しかしこの歴史的な産業遺産を保存し、少しでも後世に伝えようとする自治体がある。 今回紹介するのは、松崎町の「室岩洞」である。筆者のねこ山はまだ訪ねたことはなかったが、各市町の放置された数々の丁場を見るにつけ、保存の方法に関心が向いてきた。この貴重な産業遺産をどうすれば後に伝えていくことができるのか、室岩洞を通して考えてみたい。

 見学に行ったのは、夏の観光シーズンが終わった9月13日の日曜午後3時頃。天気は快晴だ。
 室岩洞は、松崎から岩地へ行く県道の途中にある。周囲は険しい断崖で、岩肌に張り付くようにして道が切り開かれている。その名の通りにつけられた「室岩洞トンネル」をくぐると、間もなく左右に「室岩洞」の案内板があり、左手に小さな見学者用の無料駐車場がある。室岩洞はここから海側へ急な山道を4〜5分下ると着く。


            松崎から岩地へ向かう“彫刻ライン”


                専用無料駐車場に案内がある
県道から下って
 車を駐車場に止め、貴重品を持って道路を横断する(車上荒らしに対する注意を喚起する看板がある)。道路は左右の見通しがよくないので、横断するには注意が必要である。


                県道を横断してここを降りていく

 眼下には駿河湾が広がる。蹴上げ(階段の段差)が大きな、丸太で作られた階段を下りていく。幼児やお年寄りにはちょっと歩きにくい道かも知れないが、整備状況としては悪くないと思う。途中には休憩用のベンチがあり、配慮されていることを感じる。


          階段はかなり急である 足元に注意したい

 5分ほど慎重に下ると道は平坦になり、室岩洞への入り口へと着く。足下を小さなカニが横切る。
 入り口には大きめのズリ(採掘の過程で出た石のかけら)が転がり、足場はあまりよくない。しかしそれはこの部分だけのことである。


            県道からゆっくり下りても5分ほどで到着する


              室岩洞の入口 手掘りのノミ跡がある

 入り口には注意書きの看板が立ててあり、ライトアップしている時間(8時30分〜17時)や見学時の注意事項などを案内している。坑内を照らすライトは自動制御されており、17時に消灯するので、入坑は16時30分までにすること、万が一見学中にライトが消えたら、慌てずに坑内を出るように行動すること、などが書かれている。自己管理が求められる見学地である。この案内を読んでいると季節によっては蚊に刺されるので、バッグに虫さされの薬を入れていくとよい。


                 行くなら夏の日中をお薦めする
入坑
 ではさっそく坑内に入ってみよう。足下には乾燥した土砂が敷かれ、歩きやすくなっている。オレンジ色の光を放つ強い電灯によってライトアップされているので、お化け屋敷のような怖さはない。しかしこれは人によって感じ方が違うだろう。


          オレンジ色の明かりが安心感を抱かせる

 途中に一体、石の採掘作業をしている等身大の人夫の人形が展示してある。よい演出だと思う。
 通路の両脇にはロープが張られ、順路を示す矢印看板も設置されていて、入坑者を奥へと導いている。


            人形があることでこれからの見学にわくわくする感じを抱く

順路に沿って
 坑内には、採掘のノミ跡が鮮明に残り、見る者を遠い時代へとタイムスリップさせる。途中に「立ち入り禁止」という札の付いたトタン戸が立ててあるのは、その奥に危険な地帯があるからだろう。
 ただしここで困ったことが起こった。ライトアップしている明かりが、撮影をしようとする自分の影を映し込んでしまうのだ。しかたなくセルフタイマーをセットして自分は物陰に隠れて撮影したが、三脚の影がしっかり写ってしまった。


            岩肌に三脚の影が写ってしまった 悲しい・・・

しかたなく同じアングルでフラッシュを焚いて撮影したが、味気ない画像になってしまった。



こうした説明板があるのはとてもよいことと思う。



順路案内に沿って奥へと進む。枝道はあるが、一部は入れないようになっている。


                行く先々にライトが備えてあるので、安心して行ける

 奥には数カ所、湧水による坑内池がある。細部まで見学しようとするとライトアップの照明は十分ではないので、個人で懐中電灯などを用意するとよい。


                  坑内池を照らすライト

しかし池の規模はごく小さい。



光の届かない池もある。


          ロープの向こうにある池 水は澄んでいる(でも手で触れてはいけない)

 見学順路は、丁場の姿を見て回るには十分であるが、案内板によると、丁場の全体を巡るルートにはなっていないようだ。扉の設置していない枝抗が見られるので、強力なライトを持てば、さらに見学範囲は広がるかもしれない。

池のある地帯を過ぎると、見学順路は後半に入る。


                  順路の後半に入った

見学順路は入り組んでいるが、迷路というほどではなく、不安はない。


             やはり明るいことが安心できる要因となっている

来た方を振り向いてみた。後から見学者がやってくるようだ。かすかに声が聞こえる。



順路の最深部に浅い池があった。



 さきほどお化け屋敷ほどは怖くないと書いたが、それは見学者が複数いればのこと。私が訪ねたのは日曜日の午後3時過ぎであるので、見学者は小人数の家族連れなどが希に来るだけであった。



 池のある石室で私が撮影をしていると、後から入ってきた家族連れのお父さんが私の存在に気づき、「おうっ・・・。」と驚くような声を出した。それはびっくりするというものだろう。
 こうした場合、他者の存在に先に気づいた方が「こんにちは〜」などと声を掛けたいものだ。そうすれば安心して見て回ることができる。


        後から来た親子連れは私の姿に驚き、足早に通り過ぎていった

内部をぐるりと一周した。同じ場所でも見る方向によって景色が変わるのが丁場の特徴である。


                周回ルートを1周してきたところ



比較的湿度は高くないらしく、カメラのレンズが曇ることがなかったのはよかった。


              ライトによってもたらされる陰影が撮影意欲をそそる

入江への道
 順路の一部は坑外へと続いている。切り出した石は崖から下ろして舟に積み込み、運搬したという。その搬出路と舟を着けた入り江が見られるようになっているのだ。見学路から海面までの高低差はざっと50mほどあろうか。どうやって入り江まで石を下ろしたかは不明だが、辿って確かめるソリ道はない。転落防止の柵もないので、この点は気をつけて見学したい。


                    順路から分かれて外に出る枝道がある

体を屈めて外に出てみた。



坑外に出ると、見上げるような人工の絶壁があった。ここからも石を切り出していたのだ。


                   見上げるような石の壁

道は海の方へ続いているようだ。


                  人が一人通れるくらいの幅しかない

この光の先に何があるというのだろう。



そこは、切り出した石を搬出するための入江に通じる道があったところだった。



かなりの傾斜と高低差がある。どうやって重い石を下ろしたのだろうか。


             眼下の入江にはもちろん崖のような傾斜がついている

雨樋のある石
 搬出路から再び順路に戻る。さっきくぐった岩戸には、「へ」の鏡文字の形に雨樋が掘ってあった。



左の部分を大きく写してみた。ノミの跡がはっきりと残っている。


                 中央部左にノミの跡が見てとれる

 再び坑内に戻った。出口、それは入口でもあるが、帰り道にもこの人夫の人形の前を通る。ここで彼はいつもひとりぼっちで来訪者を迎え、そして見送っているのだ。



 順路標識に沿って見学すれば、20分ほどで全体を見て回ることができるだろう。しかし撮影などをしていると、1時間はすぐに経ってしまう。


              入口=出口だが、丁場はどこを見ても絵になる


              ここも切り出した石の搬出路だったのだろうか



 丁場を出た後、階段の雑草を摘んでいる男性とすれ違った。後で思うと、役場の係の人だったかもしれない。話を聞いてみればよかった…。

 県道に戻った。吹きつけのされたのり面を見ると、そこも丁場であったような凹凸が見られた。もしかしたらこの辺りにはもっと多くの丁場があったのかもしれない。


              画像中央に見られる窪みが丁場の存在を想起させる

総括する
 今回の見学で気づいたことを箇条書きにしてみる。ここ、室岩洞ならではのよさに恵まれている条件もあるが、他所の丁場の保存に生かせることがあるか、貴兄も考えていただきたい。

 ・道路から丁場のアクセスとしては、急な階段になってはいるが、よい部類に入ると思う。丁場はその性格から険しいところに設けられることが多いのだ。
・案内板には坑内図や丁場の歴史などに関しての記述があり、十分であると思う。
・ライトアップの設備はどうしても必要である。17時に電源が切れるので、入坑は16時30分までにするよう求めている。そして万が一電源が切れたときに坑内にいた場合、慌てずに行動することも求めている。基本的に無人の見学地なので、それはしかたのない案内であろう。
・坑内に落盤や落石の危険がある箇所は見られない。鋭いズリなども見学路には落ちていない。これまで伊豆を襲った幾多の地震にも耐えてきたのだから、岩盤は強いと思われる。むしろ危険なのは、最近とみに騒がれている「不審者対策」だろう。しかしこの点について言い始めたらキリがないので、現状維持が妥当だろうか。ただし坑内では見学者同士が互いに声を掛け合うなどの態度が求められると思う。そのことによって、より安心して見学路を歩くことができる。

 全体を概観して、松崎町ではよく考えてこの丁場の保存と公開をしていると思う。丁場を後にするとき、外の通路で雑草をむしりながら歩いている男性とすれ違ったが、役場の係の人だろうか。話を伺ってみればよかった…。

 以上、松崎町の室岩洞の丁場を紹介した。このような手法をとれば、南伊豆町の伊豆石丁場や東伊豆町の築城石丁場なども十分に保存と公開ができるのではないだろうか。ただし丁場の保存と公開のためには、地主や役場やボランティアなどが協力して活動する必要がある。下田市の南豆製氷の保存に関する活動が困難を極めたことから見ても、それは容易でないことが予想される。しかし、例えば地域の生涯学習の振興という視点で見た時、それは越えるのに難しいハードルだろうか。誰かが言い出しっぺになって、最後まで関わっていく必要はあるだろうけれども。
                                             
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