葉

馬夫石のお地蔵様を探せ〜その参
探索2006年3月25日   
 
 車を置いた場所から峠に登り、お地蔵様と馬夫石を見つけてここまで戻ってくるまで、2時間かかりました。いずれもすぐに見つかると思っていたのに、ちょっと手こずりました。電波塔まで行ってきたからですね。ま、それもよし。別のお地蔵様も見つけたし、電波塔周辺の地理も分かりました。収穫は大いにあり! です。そんな反省をしながら、山を下りることにしましょう。

 12時05分。峠に戻り、山道を下ることにしました。
 来る時に通った道はしっかり脳裡に焼き付けるようにしておき、なるべく迷わずに帰られるようにします。といっても、上りと下りでは前後左右が逆になるので、気をつけなければなりません。(「そうならコンパスを持てばいいんだよ。」、という陰の声が聞こえそうです。あっ、「GPSもあんだろ。」という声も…)

 途中、檜林の中で踏み跡を失いましたが、例の朽ちた青いトタン屋根が目印になり、事なきを得ました。

 馬の背を通り過ぎ、鈴ら折りの道を下り、坑口のある沢まで来ました。帰り道は早いですね。あれよあれよという間に下りてきました。

 さて、かの坑口です。ズリが少し道を下った方にあるので、もしかしたら別の坑口があるのかもしれません。

 せっかくですから、ズリ捨て場をよじ登って、見てみましょう。


 この上に坑口があるのでしょうか

 急な山肌を、ズリに足を取られつつ木の幹を掴んで10mほど登りました。が、残念。最上部までたどり着いても、別の坑口がある様子は見られませんでした。ひょっとしてあの坑口から水平にこちらにズリ捨て場までの道がついていて、そこからズリを投げ捨てていたのかもしれません。残念でしたが、ここはひき、一服入れることにしましょう。

 沢の流れを見ながら、水筒のお茶とおふくろまんじゅうで一息入れました。ここまで気が張っていたので、ほっとしました。


 この一杯で緊張がほぐれます

 12時35分、無事に車を置いた所まで戻ることができました。疲れはしましたが、心地よい満足感に包まれ、冷えた汗で重くなったポロシャツを着替え(きったないなぁ〜)、泥で汚れた靴下を履き替えました。(だから、汚っ!)

 さあ、これからどうしましょう。時はお昼ですし、ここまで来たからには、そのまま帰るにはもったいないです。そう、今私がいる所は、加増野です。ポーレポーレに寄って、そばを食べていきましょう。

 そうと決まったら、レッツラゴー。 12時40分、ポーレポーレ着。駐車場には、すでに4台の自家用車が止まっていました。
 お店に入ると、 3組の家族連れや熟年夫婦がそばを待っています。

「こんにちは。もりそばを食べに来ました。」とお店に入って告げますと、

「あら、いらっしゃいませ。ホームページ、いつも見ていますよ。」

と仰るではありませんか。うわわ、ばれてる…。

 実はポーレポーレでそば打ち体験の指導やそば料理の提供をしてられる方々の中には、私が稲梓勤務時代にお世話になった方がおられます。 お陰様で「加増野」や「婆娑羅」をキーワードで検索すればヒットするようになった、当HP。今日もそんな方が声をかけてくださったのです。

 ポーレポーレは、手打ちそばを売り物としています。基本的に、朝のうちにその日の分を打って置いておくというやり方はしないで、注文が入ってからすぐに打ち始めるようです。

 もりそばを注文したのが12時45分。お店の方奥で粉をふるいにかけ、さらさらと水回しをし、こしこしとこねて、とんとんとのし棒で打っています。先客も物珍しそうに見学しています。
 壁には、ここが加増野小学校だった頃の校舎の絵でしょうか、鈴木まもる画伯の筆で楽しく描かれた絵がかけてあります。ここはゆったりと時間が流れています。ファーストフードのようなせっかちな待ち方をしてはいけません。手をかけ、念を込めて打たれるそばを、静かに待つのです。


    確かに加増野小学校はこんな感じの校舎でした


  見学も頼めば快くさせてくれます


 ゆったりした座敷にうまいそば 最高!

 1時過ぎ、私の所にも頼んだもりそばが出てきました。さあ、これが、打ち立て茹でたてのポーレポーレのもりそばです。


        もりそば 600円 2枚いただきたいほど旨い!

 そっとつゆを口に含むと、濃い目の塩味とともに、鰹節出汁の香りがきゅっと舌を包みます。
 面は、繊細な様子をした極細。冷水でしめられて、輝いています。

 つゆをつけてつるつるっとすすりますと、ひんやりとして、ああ、これこそがそばの香り…。楽しくおいしく、いただきました。今日は取材も兼ねているので普通盛りにしましたが、これだけ旨いのです。次に来た時は、大盛りにします!

 さて、そばをいただき終わり、食休みをしていますと、お店の方が話しかけてくれました。それも大事な情報を教えてくれるのです。私が馬夫石のを探しに行ってきたことを話しますと、

「青野道ですよね。梓の里に道標がありますよ。」

「鉄塔がある辺りは“塔の平(とうのだいら)”と言って、昔は茅場が広がっていて、遠足で行きましたよ。海がよく見えました。今はウバメガシが茂ってしまったので、岩の上で飛び上がっても見えなくなりましたけど…。」

「またどこかを歩いたら、HPに載せてください。見ますから。」

と仰ってくれました。ありがたいことです。

 遠野平というのは、大岩の上に鎮座していたお地蔵様のある辺りを言うのでしょうか。なだらかな丘のようになっていて、いかにも茅場として重宝していたことでしょう。遠足の目的地になるのも然るべき、という地形をしています。よい情報をいただきました。もっと聞きたいな〜。

 今日の探索は拙HPに掲載することを約束して、ポーレポーレの玄関を出ました。

 駐車場にさっきの車はすでにいません。あの家族連れはガイドブックを手にしていたので、次の目的地に行ったのでしょう。昔は子供達の声が響いた運動場の跡は、ひっそりとしています。

 そこからちょっと奥に入ると、ポーレポーレ専用の水源地があります。そばをしめた冷水やそばつゆに雑な香りがしないのは、ここの湧き水を使っているからでしょう(いえ、尋ねてはみなかったのですが…)。


  これは帰る時に撮った画像 奥がポーレポーレの施設です
 

    敷地の奥には水源が

次は「青野道の道標から青野」や「猪戸鉱山から三方を超えて青野」などの道を探索してみたいと思います。
        
                                             
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