稲取の築城石
江戸城の改修のために相模や伊豆からたくさんの築城石が切り出されたのは、どなたも知る歴史です。東伊豆町稲取には、今でもその頃に江戸へ運ばれるのを待っていた築城石が残っています。
これは、町の中心部にある吉祥寺の境内に残された築城石です。きれいに形が整えられています。
そしてこれが港の片隅に残されたKさんちの築城石です。土佐守が切り出した十の築城石のうちの2つ」という文字が刻まれています。
ここにあるのは放置されたわけではなく、石の献上命令が下るのに備えてあらかじめ切り出しておいた石であったそうです。それが、ついぞ命令が発せられなかったために、ここに置かれ続けたということです。
ちなみに、この石は県道に面していますが、この道が開削される時に「この築城石を粉砕して砂利にし、道に敷こう。」と当時の監督者が決めたものの、Kさんちのひいひいおばあちゃんが「これは土佐の殿様から預かった大事な石だ。そんなことを許すわけにはいかない。」と拒んだためにここに残っている、という逸話が残っています。

個人宅の前にあります

きれいに形を整えられています

側面に「御進上松平土佐守十内二」と刻まれています。
まさに歴史の証人である文化財です。
高台の丁場へ
愛車アクティ号を山の方に走らせ、伊豆急電車の音が聞こえる辺りの農道脇へ止めます。3分ほど歩いて、(もしかしたらこれは修羅道の跡かも。)と思われる踏み跡を辿って山に入ります。
やがて現れた竹藪の中に、いくもの大きな石が見えます。これらが石丁場に残された石でしょうか。

しかし、かなり大きな石ではあるものの、どの石にも矢穴の跡がありません。一見、矢穴のようにも見えますが、違うのです。

そこで、南側に移動してみることにしました。と、そこには竹を切って作った階段があり、山の方へ導いています。きっと春にタケノコを掘る管理道なのでしょう。本来なら地主さんの許可を得て入るべきなのですよね。ごめんなさい。
築城石がある!
その竹の階段を上っていくうちにも、あちこちに大石が散見されました。何だかわくわくする気分!

しかし、矢穴は見られません。これだけの大石があるのに…。
そうするうちに、ちょっと平らなところに出ました。そしてよく見ると、そこにあるのは、形が整えられ、矢穴のある築城石でした。ここだったんだ〜。


このように、きれいに並んだ矢穴跡も見られます。

矢穴の大きさは、かなりあります。江戸初期のそれの特徴を備えています。

大きさとしては小さい方と思われますが、周囲にも築城石の片割れが残されていることからすると、この平坦な場所は石の整形に使われた加工所だったのではないでしょうか。
今でこそ周囲には木々が高く育っていて遠くの景色は望めませんが、江戸時代には広く太平洋が見えたはず。ここを整備すれば、よい築城石公園になるはずです。そうなったらいいな〜、などと考えながら、さらに辺りを歩いてみました。

刻印石発見!
東伊豆町図書館の郷土史コーナーに行けばここの丁場に関する資料はあるのですが、もう何年も読みに行ってないので、今日は歩き回って探すしかありません。
この丁場の裏は放置されたみかん畑になっていて、その低い石垣にも丁場の石が使われていると思われます。
さて、刻印のある石は見つかるでしょうか。
“築城石公園”の片隅にある大石に目をやると、表面に薄く刻印を読みとることができました。

この大石の表面に…
田んぼの「田」の字のように読めます。あるいは、「田」の字の下に小さな○が加えられたような刻印にも見えます。
そして、竹藪の中には、もっと鮮明に読みとれる刻印のある石が見られました。

丘の北側を下って見下ろしたところです
この刻印ははっきり残っています
湧き上がる疑問
しかし、変です。何がって、吉祥寺の角石も港の角石も、かなりの大きさを誇るのに、ここの丁場は狭くないですか? とてもあれだけの大きな石が二百数十個も切り出された丁場だとは思えません。きっと、他にもっと規模の大きな丁場があるのではないでしょうか。
それと、もう一つ思い当たることがありました。それは、ひびの入った石や表面が剥落した石が多いのです。

もしかしたらここの丁場の石はやや脆いと思われたので、あまり利用されなかったのではないでしょうか。もちろん専門家の見解を聞かないと分かりませんけど…。
稲取駅前の築城石広場へ
小一時間の探索を終えた後、伊豆急稲取駅に新しく作られた築城石の展示を見に行きました。そこに、曳き石が体験できる設備があり、石の運搬や積み込みを描いた絵が展示されているのです。

三角屋根の駅舎の裏に駐車スペースがあります
石に穴を開けて楔を打ち込んだ石の展示も、分かりやすくていいと思います。東伊豆町が築城石のふる里であることを表現して、町の活性化につなげようとしているようです。

いい展示だと思います

刻印についての説明もあります。

私が見てきた刻印も載っています。

そして石を切り出す様子を描いた絵も展示されています。

これは曳き石体験ができる施設です。一人で引っ張っても、とうてい動きません。
でも…、自分が丁場に行っておきながら言うのも変ですが、あまりたくさんの人が丁場に入るのはどうかと思います。多くの人が足を踏み入れることで、ありのままの姿が失われることが懸念されるからです。かといって、宇佐美の御石沢のように産業廃棄物処理場になってしまうのもいけませんけど…。
東伊豆町の築城石丁場がいつまでも江戸の歴史を伝え続けることを願って止みません。 |