葉

ヒトボシ地蔵様は今
探訪 2007年7月28日   
 
ヒトボシ地蔵様の例祭
 毎年7月の第3日曜日は、下田市稲梓宇土金地区にある“ヒトボシ地蔵”さまの供養祭が行われる。
 幸いにもあかんぼ石地主さんの村山氏から知らせの電話をいただけたので、今年、3年ぶりに宇土金の有志に同行し、お参りに参加することにした。気になっている“宇土金の秋葉さん”の祠も教えてもらえるかもしれない。

 あいにく予定していた日は雨になったため、1週間後にお参りをすることになった。
 集合は、宇土金の秋葉神社常夜灯の前である。ここからヒトボシ地蔵様への“中の道”を登っていくのだ。今回の祭主である鈴木さんは、この秋葉神社常夜灯(建立天保年間)が近年顧みられないことに心を痛めておられた。そこで森町の秋葉神社の社務所に電話して例大祭の行われる日を聞き、それに合わせてこの常夜灯に灯をともしていると言う。


    秋葉神社常夜灯(天保年間建立)  秋葉さんはこの山の奥にある

 今回の参加者は、そのリーダーの鈴木さん、あかんぼ地主の村山さん、何でも関心ある派の長谷川氏、そして今回初参加の仏教美術館長、寺井さんだ。
 今年の夏は、特に暑いようだ。宇土金の集落から山に入ると、すぐに汗をかいてしまった。日頃の運動不足がたたって、足取りが思い。困ったナ…。

「秋葉さんは大きな岩の上に鎮座しているが、既に岩からは落ちてしまい、そこに行く道も倒木に遮られて消えている」と、3年前に来た時に聞いた。しかし、昨年か、祠は修復されて元の場所に納められたらしい。



          挨拶を交わし、さっそく入山する  行くゾー!

 そこで、せっかくだからぜひ秋葉さんに連れて行ってくださいと、鈴木さんにお願いし、快諾を得た。ただし道は消えているので、覚悟はしておいてくれね、とのことだった。

険しい山道
 山道はずっと登り坂である。昼なお暗い森の中の道なのに、大変蒸し暑い。正体不明のキノコだけが妙に元気だった。


             きっと毒キノコでしょうね…

さあ、秋葉さんへ
 秋葉さんへの分岐点に来た。ここで進路を右に(実は直進だが)とり、右に落ちる山の斜面を登り気味に巻いていく。


         「ここを行くんだよ」 ヒトボシ地蔵様へは進路を左にとる

 初めは見られていた踏み跡は徐々に薄くなり、杉の倒木を越えたりくぐったりしていくうちに、とうとう消えてしまった。


            初めは踏み跡があったのだが…

 途中からはとうとうこんな道になってしまった。いや、道はもう消えてなくなっていたのだ。


       這々の体で登っていく  元は道があったそうなのだが…

  「ほら、秋葉さんはあの大岩の上にあるんだよ。」

と言われて見た岩は巨大で、なるほど昔の人々が神様を祀るにはふさわしい威容を見せている。


          これほどの巨岩だ  神が鎮座するにふさわしい

急傾斜から巨岩の上へ
 秋葉さんへの最後の登りは、斜面の直登だ。台風の雨によって落ちてきた大岩が杉の根元にぶつかり、傷をつけている。  常夜灯を出発して30分。岩山の上から集落を見下ろして、秋葉さんは静かに鎮座していた(実際には木立ちに阻まれて、集落を望むことはできない)。

 聞いた話によると、秋葉さんのある土地の地主さんは、代が代わってからはあまりお世話をしないらしく、他の人が痛んだ祠の石室を新しいのに替えてくれたそうだ。(そのことを地主さん自身がご存じなかったそうな…)  

秋葉さんとは
 ご存じない方のために説明しよう。秋葉さんとは遠州森町に本社がある“火伏せの神様”である。

 木造で建造された家屋は火に弱い。昔から消防団は村々で組織されていたが、火災を防ぎたいという祈りはどこの地域でも強くもたれていた。  そこで、各村々では、秋葉神社に出向き、お札をいただいてきては地域の山にお祀りして火事が起きないようにと、祈っていたという訳だ。下田では各集落に一つずつ秋葉さんをお祀りしているといっても過言ではない。

 さあ、山の斜面を登って大岩の裏から回り込んだ。そしてとうとう秋葉さんの姿を拝むことができた。


          やっとお姿を見ることができた秋葉さん

 秋葉さんは、大きめの屋根を持つ石祠だった。傍らには常夜灯がある。


        やっとお参りすることができた秋葉さんです

 石室は新しいのに、お札も扉もない。あれれ…? 地主さんは、誰がいつ石室を新しくしたかご存じないそうだ。不思議なことである。


     新しい石室は白いのですぐ分かる   古い石室は見つからなかった

 一行は秋葉さんにお参りし、そんな話をしながら小休止するのであった。

再び出発
 「ここからは真上に登れば道があるけど、それは傾斜がきついから、斜めに登りながらヒトボシ地蔵様へ行くよ。」

 宇土金の山を熟知した鈴木さんは、見えない地図を目の前に広げているかのように、こともなげに言って再び先導を努め始めた。


       ヒヒイイーッ、またしてもこんな道だよ(実は道はない)

 20分後、ようやく“中の道”に戻った。  道が尾根を越え、滑川を目指す方向に向きを変える頃、ヒトボシ地蔵様への分岐がある。


           “中の道”はこのようなU字型をしている

 尾根筋に出た。ここからは少し歩くのが楽になる。


             ここまで来れば、もう楽勝である

 秋葉さんへの分岐点に来た。真っ直ぐ行くと、山神様を経て、滑川に至る。


       青い帽子をかぶった村山氏の背中の方が滑川への道だ

 振り返って撮影したところ。左の方から上がってきて、折り返して更に登っていく。


          ここまで来れば、ヒトボシ地蔵様へはあと少しだ

 分岐から地蔵様へはほんの少し歩くだけでよい。

 「ヒトボシ地蔵の“ヒトボシ”とは?」 と訪ねる館長さんに、 「沖を通る船に灯をともして、山の位置を知らせたんじゃないかな。」 と村山氏が説明する。市役所の地図にも、カタカナで「ヒトボシ」と明記されているそうだ。

 「ヒトボシ」の語源が「火灯し」というのは本当のところだろう。それが相模灘を航行する船のために灯されたかは分からないが、少なくとも宇土金や上箕作の集落からは火が見えたはずだ。あるいは山仕事の衆が1日の仕事を終える際に常夜灯に灯を灯して山を下りたのかもしれない。小さな灯りは、集落を見守るように夜通し輝き続けたのであろう。


 やっとヒトボシ地蔵様のある小高い山の頂に立った。


        石垣の前に2体のお地蔵様が鎮座している

 3年前にセメントで首をつけて差し上げたお地蔵様は、ちゃんと元気にしておられた。


   右のお地蔵様は3年前に、落ちたお首をセメントで固定して差し上げたのです

 鈴木さんはリュックから赤い布を出し、慣れた手つきでお地蔵様の頭巾やらよだれかけを作り始めた。長谷川氏や村山氏は撮影隊だ。

「昔はお祭りの日にはたいそう賑わってなあ…。子どもからお年寄りまで登ってきて、楽しく過ごしたものだったよ。いくつもの店が出ていて、かき氷屋なんか、氷が足りなくなって、補充する氷を麓まで取りに行ったくらいだったよ。」 と、鈴木さんは遠い目をして話される。そのお話を聞きながら、一生懸命当時の光景を想像する私であった。


        慣れた手つきでどんどん頭巾とよだれかけを作っていく

 当時の子ども達にとっては、夏休みになって最初の大きな楽しみだったのだろう。大人達も、田んぼの草刈りという労働を忘れて、御神酒に我を忘れて酔ったことだろう。たくさんの香具師が人足に荷物を持たせて上がってきて、店を開いたそうだ。神様を崇める信心が大事にされ、娯楽が少なかった時代には、年に一度の大行事だったのだろうな。


    お世話の済んだヒトボシ地蔵様  気持ちよさそうにしているように見えます

 お地蔵様の台座には、“嘉永”や“石工”などの文字が彫られている。ちょうどペリーが下田に上陸した頃に祀られたお地蔵様だと言うことになる。約145年もの間、ヒトボシ地蔵様はこの地で灯りを灯し続けたのだ。


        本口 石工米蔵 って、書いてあるのかな?
 
 お供えしてあるビール瓶も何やら古そうな年代物だ。


         何というメーカーの瓶なのかは分からない

山神様にお参りして
 お地蔵様のお世話を済ませ、写真も撮った。少し行ったところにある山神様にもお参りして、それから帰ろう、ということになった。3,4分歩いたところにある山神様に向かう。滑川に行く小さな峠に、山神様と、お参りに来た人たちが風除けのために入ったという窪みがある。


       「この穴の中に入って風を除けたのさ」と鈴木さん

 山神様は石祠である。やはり大きな岩の下に祀ってある。周囲をきれいにして拍手をした。


            大きな岩の下にある山神様

 石室の側面に、昭和初期に古い祠を新しいのに取り替えた、という銘が彫ってある。


       右に倒れているのが古い方の祠の石室である

帰路につく
 帰りは、前回と同じように“下の道”を下って仏教美術館に着くようにした。


     “下の道”を下る  途中、分かりにくいところがあり、迷ったかと思った

 帰り道、やはり振り返ってもヒトボシ地蔵様のおわす辺りは森に囲まれて、その場所を見ることはできなかった。ヒトボシ地蔵様の灯は今後灯ることがなくても、宇土金の人々の心の中にはいつまでも“記憶の光”を灯し続けてほしいと願わずにはいられなかった。
                                             
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