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道祖神について

    年の暮れの塞の神様たち

道祖神とは

 意味からすると、道を行く人の安全を祈って作られた神様ということです。それともう一つ、「サイの神」として集落の外れに立て、自分たちの土地に災いが入り込まないように人々を守る役目をしている神様もあるそうです。
 お姿としては、双体神(2人一組の浮き彫り像)や、丸彫単座像(一つの石を丸ごと一人の神様の像に彫る)がありますが、伊豆には後者の方が多いようです。また、下田街道の天城以南では、それに替わって石祠がサイの神として祀られています。土地によって形態が違うなんて、不思議なものですね。

道祖神の持ち物

 丸彫単座像の神様の場合、手に何か品物を持っていることが多いようです。
 一般的には、次のものがあるようです。

 ……束帯の時、右手に持つ、細長い薄板。
 宝珠…球形で頭がとがって、火炎が燃え上がっている形をした玉。欲しいものが思いのままに
      出せるという玉。  
 中啓…親骨の上端をそらし、たたんでも半ば開いているように見える扇。
 扇子…せんすです。
 巻物…まきものです。
 帳面…ちょうめん
 大福帳…だいふくちょう
 瓶子…(へいし)酒などを入れる、細長く口の細い焼き物。
 ………つるぎです。災いを切る意味があるのでしょう。

 何も持っていない場合は、合掌していることがほとんどだそうです。

帳面を見せる塞の神
  帳面を広げて見せている道祖神(サイの神)

笏を持つ塞の神さま
    天城湯ヶ島町佐野梶山の道祖神(サイの神)

 ところで、帳面や大福帳を持っているというのは、どんな意味があるのでしょうか。
 書物で読んだところによりますと、これには道祖神に託された願いと大きな関連があるそうです。
 ご存じ年の初めに行われるどんど焼きという行事がありますが、昔はその火の中に塞の神を入れていたそうです。そのため、塞の神は破損がひどくなっていくわけですが、なぜそんなことをしたのでしょうか。それは、人々に替わって災いを火の中で焼いてくれるから出そうです。年の暮れ、疫病神が集落を回ってきて、災いをかける人の名を書いた帳面を道祖神に預けるそうです。取りに来るのは、年が明けて数日した頃…。そこで道祖神様は、疫病神が来る前にあえて火の中に入ってその帳面を焼き、人々を災いから守るのだそうです。なんともおいたわしい…。自らの身を焼いて土地の人々を守るのです。道祖神を守らなければならないのは当たり前のことですね。昔は病気がはやっても、優れた医療技術があったわけではありませんから、こうした信仰を頼ることが多かったのでしょう。昔の人々の生命に関わる願いが、道祖神に凝縮されていたというわけです。

 日向道の酒屋さんの前にある道祖神は、帳面を広げて人に見せる仕草をしているそうです。「ほら、この通り、いろんな人の名が書いてあるぞ。さあ、早く私もろとも火にくべるのだ。」とでも言いたいのでしょうか。人々の身代わりになってくれるなんて、まったくありがたい神様です。

 ここで、なかなか分からない持ち物を紹介します。私が生まれ育った東伊豆町・片瀬の道祖神ですが、左手に剣、右手に縄(綱)を持っています。これは大変珍しい例だそうです。剣で疫病神を切り、縄で縛り上げたのでしょうか。ご先祖様のみぞ知る不思議です。

            東伊豆片瀬の道祖神
                    東伊豆町片瀬の道祖神(サイの神)
  
                                              
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