葉

天城峠古道を行く〜その参
帰路は稜線を歩いて   
 
 5年ほど前、初めてここの分岐の道標を見た時には、「ここから旧トンネルまで道が?」と、信じられませんでした。そして、それが本当なら、道なき道を行く、猟師道ではないかと思っていたのです。

 が、今日こうして歩くことができ、本当に心が満足感でいっぱいになりました。天城が以前より身近に感じられるようにもなりました。

 さて、帰路は稜線を歩いて戻ろう、という事にしてありましたので、この先のお地蔵様まで行って、稜線を目指すことにしました。

 
 お地蔵様のある所はちょっとした峠のようになっているのですが、実はここが昔の天城峠だった、という説もあるのです。事実、二本杉峠からこちらへ歩きますと、確かにここまでが緩やかな上りになっているのです。

 お地蔵様に手を合わせ、すぐ脇を登り始めると、まもなくU字型に窪んだ道が現れます。この先の中険業峠へつながる道があったのではないかと推測しているのですが、どうでしょうか。せっかく来たのだからと私がその古道を歩いていますと、後ろから来るお二人は、「何でわざわざ倒木のあるところを歩くの〜。」とご不満の様子。いえ、せっかくだからと思いまして…。


 ここからは、尾根筋にあるいくつかの見どころを楽しむことができます。

 まずは、最初のピークにある「御料地」の石標です。かつて天城の森林が宮内庁の管轄だった時の名残かと思います。たぶん。


         上り詰めたところにある石標。いつ頃のものでしょうか。



       比較的歩きやすい尾根です。

 次は、少し下って、中険業峠を見ます。おととし立てた手作り道標は、何と倒れていました。(ありゃりゃ。)と思って立て直し、通過。ここから大川端側へも道があるそうですので(伊東市の某郷土史家による説)、いつか探索してみたいです。

 ところで、私たちがあるく先々に、新しい踏み跡が付いています。と言っても、人の付けたそれではありません。獣たちも無数に足跡を付けているんです。「やっぱり誰でも歩きやすいところは同じかぁ。」と、3人で笑いました。


     先客の足跡あり。鹿かな?

 中険業峠から東へ向かって登りますと、頂上の広いピークに付きます。ここはかつて勘違いによってかの石標を探したところ。今では笑い話になっていますが、当時は真剣だったのです。


 さらに、その時こちらも中険業峠と間違えた峠を過ぎ、古峯を目指します。稜線といえどもかなりアップダウンがあり、なまった身体にはこたえます。でも、青い空にブナの梢がくっきりと映え、どこからか野鳥のさえずりが聞こえてきて、気持ちいいことこの上ありません。

 さあ、いよいよ古峯に到着しました。おお、北に富士山が見えています。まだ中腹から上は雪に覆われています。南には、河津の山々の向こうに下田富士が見てとれます。海も広いです。


        古峯の頂上です。休憩するのにgood!

 ここで中休止。kawaさんがザックからコンロを取り出し、コーヒーを入れてくれました。うーん、この火の燃える音。落ち着きますね。高校の山岳部で山に入っていた頃、疲れ切った身体で先輩に叱られながら石油ラジウス(早い話が調理用石油コンロです)で火を起こすと、それでもなぜか気持ちが休まったものです。人間、小さな火があると安心するのかな。



  kawaさん、いつもありがとうございます。



     北の展望。 富士山は…、写っていませんね。

 
 さあ、身体は汗をかいて冷えてきましたが、中はコーヒーでぽかぽかしています。また歩き始めましょう。
 かなり急な尾根筋を下ると、古峠に出ます。かつてはお地蔵様が乗っていただろうと言われる礎石が、ひっそりと私たちを待っていました。峠の所在を示す立て札は、しっかり残っていました。



       この古峠の礎石の下からかつて古銭が多数見つかったとか…。

 ここから天城峠へは、まだ行ったことがありません。kawaさんは経験ありの方ですが、同じような地形の所を行くと仰るので、このまま私が先に歩いていくことにしました。お二人は地図や景色を見ながら、山歩きを楽しんでおられます。私も、初めて歩く道の緊張感を味わいながら、やはり楽しんで歩いていました。
誰かと一緒に来るのも、いいものです。第一、安心できますもん。


 そうこうするうち、天城峠が近くなってきたようです。東南には、林道が見えます。あれはどこでしょう。旧トンネル近くまで行っているという林道ですね。きっと終点近くでしょう。

 やがて旧電電公社の電波中継所跡地に出ました。をキャンプするのに良さそうな土地ですが、キャンプはできませんね。



「ここからは稜線歩道を行きましょう。」というkawaさんの言葉に促され、コンクリートの階段を下りて歩道に出ました。ほんの数m下に歩道があるのです。まだ稜線を歩こうとしていた私。愚直です。




          水生地下バス停の辺りが見えます。


 そこからは2,3分で天城峠です。さあ、着きました。峠の手前に「稜線歩道は崩落のため、通行禁止」のバリケードがありましたが、昨年の台風で崩れた箇所があるのでしょう。山は崩落によって徐々に形を変えていくのでしょうね。補修と崩落がいたちごっこをしているという感じではないでしょうか。きちんと整備されることを私は望むのですが…。



        家族連れが上がってきていました。
 
 これで念願の天城古道探索は叶いました。この道を紹介、同行してくれた古道仲間に感謝します。今度は一人でも来られるかも。孤独になりたかったら、また来てみます。

 帰り道、山歩きの余韻を味わいながら、須原の「竹安」でもりそばを食べて帰る3人でした。

                                             
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